
山口県立大学 国際文化学部 情報社会学科では、文化・観光・デジタルを融合した実践教育を通じて、地域課題を解決できる「文系DX人材」の育成を目指しています。
今回は、学科の教育理念やカリキュラム、フィールドワークを活用した観光まちづくり教育、独自の研究手法「VERM(動詞抽出調査法)」、そして地域社会とともに未来を創る人材育成について、斉藤理教授にお話を伺いました。
教員紹介:斉藤理教授
山口県立大学 国際文化学部 情報社会学科 教授・国際文化学研究科長の斉藤理教授にインタビューしました。

| 名前 | 斉藤理 |
|---|---|
| 専門 | ・文化遺産論 ・空間形成論 ・観光まちづくり |
| 研究分野 | ・観光まちづくり ・地域文化創造論 ・建築・都市史および文化遺産論 |
| 担当教科 | ・地域文化論 ・観光まちづくり論 ・観光まちづくり演習 ・文化マネジメント特論 |
| 業績 | こちらをご覧ください |
| 研究室 | Youtube:https://www.youtube.com/ X:https://x.com/ |
文化遺産と観光まちづくりを専門とした研究
ーこれまで関わってきた教育・研究分野を教えてください。
日欧の文化遺産研究、歴史的建造物の利活用、観光まちづくり、地域文化を支えるコミュニティ形成論、大学生が活躍するコミュニティサービスラーニング等に取り組んできました。
近年の中心課題は、街に潜在する人の行動を「見る」「歩く」「食べる」「語る」「学ぶ」「受け継ぐ」などの動詞として抽出する、動詞抽出調査法(VERM)の体系化です。
従来の観光分析が来訪者数や訪問地点、消費額などの結果を重視してきたのに対し、VERMでは「その場所で何をしたいか」「誰と行動を共有できるか」といった行動そのものに着目します。空間特性と行動可能性を対応させ、実現可能性を段階評価した上で、観光・交流プログラムへ発展させる点に学術的な独自性があります。
現地で学び、対話し、実践する教育
ー一番大切にしている教育方針を教えてください。
大切にしているのは、「現地へ行き、人と対話し、考えたことを実際に試す」ことです。
地域課題には、机上のデータだけでは見えない背景があります。学生には、まず自分の目で地域を観察し、住民や事業者の声を聞き、歴史や文化まで含めて課題の意味を理解してほしいと考えています。
その上で、調査・分析・企画・実践・検証・発信までを一連の流れとして経験し、正解を教わるだけではなく、多様な立場の人々と協働しながら実行可能な解決策を考えられる力を育成しています。
地域の価値を発見し、未来へつなぐ研究
学生時代から、街を歩きながら建物や路地を観察することが好きでした。
表通りだけでなく、ひっそりと残る洋館や小さな商店建築など、その地域ならではの歴史や人々の営みが感じられる場所に価値を見いだし、「まだ価値が顕在化していない地域資源」を地域の人々と共有し、活用方法を考えることを大切にしています。
文化遺産や地域資源を未来へ継承するための研究と教育を通じて、地域の魅力を発見し、地域社会に貢献できる人材の育成を目指しています。
国際文化学部 情報社会学科の理念・目的
国際文化学部 情報社会学科では、国際文化学の幅広い視点とデジタル技術を融合し、地域や企業の課題解決に貢献できる「文系DX人材」の育成を目指しています。ここでは、学科の特徴や設立の背景、教育理念について伺いました。
国際文化学とデジタル技術を融合した「文系DX人材」の育成
情報社会学科は、国際文化学の幅広い視点を基盤に、人文・社会科学とデジタル技術を結び付け、地域や企業の課題を解決できる「文系DX人材」を育成します。
社会と情報を「つなげる力」、デジタル技術や企画を形にする「つくる力」、多様な人と協働する「かかわる力」が学びの柱です。観光まちづくりも、文化、経済、行政、デザイン、データ分析、情報発信が重なる学際的な領域として学びます。
情報社会学科が目指す教育理念
ー情報社会学科の設立背景・教育理念を教えてください。
情報社会学科は、急速な情報化とグローバル化、人口減少、高齢化、地域産業の縮小といった変化に対応するため、国際文化学部に新たに設置された学科です。
国際文化学が培ってきた、異なる文化や立場を理解し、その間をつなぐ視点を基盤に、データサイエンス、情報技術、経済、政治、環境、地域資源、観光まちづくりなどを横断的に学びます。その目的は、技術そのものの習得にとどまらず、社会の課題を発見し、デジタル技術や情報を人々の暮らしに役立つ形へ翻訳できる「文系DX人材」を育てることです。
観光分野においても、来訪者を増やすだけでなく、地域資源を再評価し、雇用、事業、住民の誇り、継続的な関係人口につなげる役割が求められています。
一方、観光振興が住民生活や文化遺産保全と切り離されると、地域との摩擦や「観光消費の対象化」を招くおそれがあります。私の研究室が以前実施した全国の伝統的建造物群保存地区を対象とした調査では、91%が文化財の保存・活用と観光振興の均衡を重要と回答する一方、文化的価値を来訪者に十分伝えられているとの肯定的回答は14%にとどまりました。
こうした課題に対し、本学科では、データから需要と行動を読み解く力、地域の歴史・文化・暮らしを理解する力、行政・企業・住民・来訪者をつないで実行する力を一体的に育成しています。
これらの学びを通して、人間中心の視点から地域社会の持続可能性に貢献できる「文系DX人材」の育成を教育理念としています。
地域課題を新たな価値へ変える人材を育成
情報社会学科では、観光を交通・金融・食・文化・教育・福祉・情報通信などを結ぶ「地域経営の入口」と捉えています。
経済界にとっても、未利用資源や潜在需要を発見し、新しい商品・サービスへ転換できる人材は重要です。本学科では、地域課題を多角的に捉え、新たな価値へと転換できる力を養います。
VERMは専門用語ではなく「見る」「歩く」「食べる」などの日常的な動詞を共通言語として活用することで、多様な立場の人々が計画段階から参加しやすいことも特徴です。
教育内容・カリキュラム

情報社会学科では、国際文化学とデジタル技術を基盤に、地域課題を発見し、解決へ導く実践的な学びを展開しています。ここでは、カリキュラムの特徴や、地域と連携した実践教育について伺いました。
国際文化学を基盤とした実践的なカリキュラム
ー学位・課程の構成(必修科目・選択科目・卒業要件)を教えてください。
国際文化学を基盤に、情報社会、データサイエンス、プログラ思考、情報倫理、経済、政治、環境、地域資源、観光まちづくりなどを段階的に学びます。
斉藤研究室では、地域文化論、観光まちづくり論、空間形成論、観光まちづくり演習などを通じ、文化遺産や地域資源の調査、観光分析、企画立案、地域協働、成果発信までを実践します。
※卒業要件の詳細は、入学年度の履修案内をご確認ください。
フィールドワークを通して地域の価値を発見する実践教育
ー特に力を入れている点を教えてください。
特に力を入れているのは、フィールドワークを起点に、地域の潜在的な価値を発見し、実行可能な観光・交流プログラムへ転換するワークショップ型の教育です。
VERMでは、地域を実際に歩きながら人々の行動を「動詞」として抽出し、空間との関係や実現可能性を分析した上で、提案・試行・評価まで行います。
単にアイデアを多く出すのではなく、地域の人々が参加しやすいか、既存資源を生かせるか、継続的な活動へ発展できるかまで考えることを重視しています。
実践後の調査では、参加者が地域を人に勧めたいという推奨意向や、地域活動へ参加したいという参画意向が明確に高まる事例が確認されました。
また、門司港・栄町での実践では、地域への推奨意向が70%、地域活動への参画意向が82%向上するなど、地域との関わりを深める教育効果も確認されています。
調査・分析・地域協働を通して実践力を養う
教育では、VERMに加え、アンケート、インタビュー、行動観察、GISによる可視化、統計分析を組み合わせます。学生は、それぞれの方法を個別に覚えるだけではなく、調査目的に応じて使い分け、複数のデータを突き合わせながら地域課題を解釈します。
例えば、数値に表れた傾向を、現地観察や住民の語りによって確かめ、そこから企画を立て、地域と協働して試行し、結果を再び検証します。
こうした学びを通して、学生は、地域資源を発見する観察力、根拠に基づいて課題を説明する分析力、多様な関係者の意見を調整する対話力、そして実現可能な企画を立案する力を身につけ、地域文化への配慮と事業の継続性を両立できる人材の育成を目指しています。
国際文化学部 情報社会学科の強み・特色

山口県立大学 国際文化学部 情報社会学科では、文化・歴史・言語・地域社会・デジタル技術など、多様な分野を横断しながら地域課題の解決に取り組む実践的な学びを展開しています。ここでは、本学科ならではの特色や実践事例について伺いました。
「間文化学」の視点で地域と世界をつなぐ学び
山口県立大学国際文化学部の最大の強みは、文化、歴史、言語、地域社会、デジタル技術といった異なる分野を横断しながら、現実の地域課題に向き合う実践的な学びにあります。
国際文化学部では、異なる文化や価値観、人と人、地域と世界、過去と未来といった「間(あいだ)」に生まれる関係や変化に着目する「間文化学」の視点を大切にしています。
単に文化の違いを学ぶのではなく、その出会いや交流からどのような理解や新しい価値が生まれるのかを探究することが特徴です。
少人数教育ならではのきめ細かな指導のもと、自治体や企業、地域住民と連携したプロジェクトに参加し、調査・分析から企画、実践、発信までを経験できます。
地域の文化や課題を深く理解する力と、多様な人々をつなぎ、新たな価値を創造する力を身につけられることが、本学部最大の魅力です。
地域と協働して生まれた実践プロジェクト
代表例が、山口県柳井市の歴史地区で実施した「デンケンレストラン」です。
これは、動詞抽出調査法(VERM)による現地調査の中で見出された「食べる」というシンプルな動詞を出発点に、約200年前の献立を分析・再現し、歴史的な町並みの中で住民と来訪者が共に食事を楽しむ体験型観光プログラムとして企画されたものです。
「食べる」という誰にとっても分かりやすい行動を軸にしたことで、住民、飲食店、歴史家、行政、学生など、多様な主体が参画しやすくなりました。
参加者への事後調査では、
・江戸期の柳井の雰囲気を体験できたとの肯定的評価が住民90.3%、市外来訪者82.4%
・歴史的町並みへの理解が深まったとの回答は住民96.8%、来訪者76.5%
・両群の80%以上が再参加または継続支援の意向を示しました。
この結果から、文化遺産を単に「見る」対象としてではなく、「食べる」「語る」「学ぶ」といった行動を通じて共有することで、多様な人々が地域との関わりを持ちやすくなることを示しています
この成果を発展させた学生5人の「一味同心」プロジェクトは、2016年度に日本観光振興協会主催の産学連携観光まちづくりコンテストでグランプリを受賞しました。
その後も、
・山口市秋穂の遍路文化を生かしたドネーションツアー「シェ・アイオ」(2017年度):優秀賞
・下松市での関係人口創出モデル「ショクバカンス」(2021年度):全国ベスト20
・阿武町を舞台とした地域交流企画「街に恋する」(2022年度):地域交流賞・全国ベスト6
こうした取り組みは全国規模のコンテストでも高く評価されており、学生が地域調査を実践的な観光まちづくりへと発展させていることを示しています。
未来の学生へのメッセージ
地域づくりや観光に興味がある人はもちろん、「地域の良さを見つけたい」「人と一緒に何かを形にしたい」「データを社会のために使いたい」と考えている人に、ぜひ学んでほしいと思います。
最初から話すことや企画することが得意である必要はありません。現地へ行き、人の話を聞き、試行錯誤を重ねるなかで力は育ちます。
大切なのは、小さな違和感や面白さを見過ごさず、「なぜだろう」「こうしたらどうだろう」と考えることです。その気づきが、地域の新しい観光、商品、仕事、交流を生み出す出発点になります。
「文化のメガネ」を持ち、挑戦する力を育てる
「何事も、やってみなければ、分からない」。ただし、思いつきだけで進めるのではなく、地域を知り、根拠を集め、相手と対話し、小さく試し、結果を振り返る。
その手順を身につければ、挑戦は社会を動かす力になります。大学で、自分だけの「文化のメガネ」と、企画を実現する方法を身につけてください。
情報社会学科の今後の展望

山口県立大学 国際文化学部 情報社会学科では、人口減少や高齢化が進む地域社会において、文化遺産や地域資源を未来へつなぐ新たな仕組みづくりにも取り組んでいます。ここでは、斉藤教授が考える今後の展望について伺いました。
地域と世界をつなぐ新たな観光まちづくり
人口減少や高齢化が進む地域では、文化遺産や地域資源を守り、活用する担い手そのものが不足しています。
例えば、柳井市の歴史地区では、過去10年間で来訪者数が約60%減少したとされており、従来の「見る観光」だけでは、滞在時間や住民との交流、継続的な関わりを生み出すことが難しくなっています。
そのため、今後は住民・学生・企業・行政・来訪者がそれぞれの役割を担いながら、地域との関係を長期的に育てていく仕組みづくりが重要になると考えています。
VERMを世界へ広げる研究
VERM(動詞抽出調査法)では、建物や観光名所を「名詞」として捉えるだけでなく、「歩く」「学ぶ」「食べる」「語る」「支える」といった人の行動(動詞)に着目します。
これにより、大規模な施設整備に頼ることなく、既存の地域資源を活用した新たな観光や交流の仕組みづくりが可能になります。
また、VERMは日本国内だけでなく、韓国・台湾・カナダ・ヨーロッパの学会でも紹介されており、国際的にも注目を集めています。
今後は、文化や制度の異なる海外地域でも実践・検証を進め、世界各地で応用できる観光まちづくりの手法として発展させることを目指しています。
地域とともに未来をつくる人材を育成
観光は地域の魅力を発信するだけではなく、地域の人が文化を再発見し、企業が新たな価値を生み出し、来訪者が地域を支える関係者へと成長するための仕組みでもあると考えています。
大学が知識・人材・データ・実践を結ぶ拠点となり、調査・分析・企画・実践・検証を地域とともに進められる人材を育成することが、これからますます重要になると考えています。
山口県立大学の基本情報
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